Diary On My Journey

ヨーロッパ1人旅から始まったDiary〜インドとバリはちょっとお休みですがヨガもします〜。バンコク、ノルウェイ、フランス、スイス、イタリア、ギリシャ、マルタ、スペイン、ポルトガルの旅記録。 いつもは、ヨガ修行のため、中央アジアと東南アジアをまわっていましたが、ヨーロッパは未知の旅になるので、記録に残そうと思いスタートしたBlog。 日々の気づき、過去旅、交通手段・宿・観光・ヨガ・出会い・空港ラウンジ情報

乗馬でゴゾ島の街と海へ!& ヨガ哲学の話 人間馬車説と五蔵説

マルタ6日目は、乗馬をしました( ´ ▽ ` )ノ
その前に・・

インド哲学の中の、ウパニシャッド哲学
人間馬車説というのがあって、ヨガの基本的な考え方も、ここと関連してきます。
いつかのブログで、この事をまた機会があったら書くと言いました。
ちょうどゴゾで実際に馬に乗って、なるほどぉ〜と、この事を深められたので
人間馬車説を私の言葉で、まとめていきます。
落ち着いたら、ヨガに関しての部分だけ、別ブログにまとめたいので
少しちゃんと書いとこうと思います。
興味ない人は、乗馬をしに行った赤文字からのゴゾ島の日記のとこまで飛ばしてね。


まず、このウパニシャッドの思想の本筋には、
昨日、自分の存在についてを書いた時にも出しましたが、
アートマンという個・真我は、
ブラフマン(宇宙の根源・全て・大元)の一部だという考え方があります。
私は、一部っていう表現より、イコールという方がしっくりくる。
個=全て。
つまり、全ては一つ。繋がっている。
帰依するところは、全てだという事。私は、この全てとはだと表現する。言葉は何でもいいんだけど。

{ウパニシャッドの思想から派生したシャンカラヴェーダンタ学派は、私が上で言ったような、そもそもは一つという一元論思想を持つ。ブラブマンとアートマンは同質というベースの元に、それぞれだと捉える考え方は二元論になる。同じくウパニシャッドから派生しているヨーガ学派のヨーガスートラや、ヴァガヴァットギータは二元論。
ヨガで学ぶ哲学には、二元論と一元論とごちゃ混ぜのミックスな部分もあるので、この辺はまだ私自身、どう捉えたらいいか、模索中です。それぞれの哲学思想自体、落とし込めてるわけでないし。書だけが全てじゃないと思ってる。真理なんて多分、ヨガにもない。どの哲学にもない。制限のある次元で説明出来ないんじゃないかと思ってる。ただしベースは大事。これは、ヨガの講師によって、それぞれがまとめて自分の思想にして持っていると思う。}

これは、ブッダがまだ悟る前に、出家し苦行をしてみたりしていた頃、
シッダルダが宇宙を体験しブラブマンの化身と話をするシーン。
ウパニシャッド仏教が出来る前からあり、その思想が仏教思想に残った部分もある。


手塚治虫ブッダより

{私はこのブッダの漫画が愛読書だったため、インドのヨガの道場で小難しい哲学を学ぶにあたって、言わんとする事が、この漫画の上記のシーンのように既に理解出来ていた事もあって助かった。というか、この世界観がヨガにも通じている事に興奮した。身体を動かすのはもちろん好きだが、私がヨガにハマったのはヨガ哲学だ。なので、それら哲学や教えがベースにあるのを感じないフィジカルなだけのヨガがあまり好きじゃないわけ。}

今回の旅で触れた、ダヴィンチの名言や、古代ギリシャ哲学からも
それに近い思想が見れたことを、面白く感じていた。
西洋の思想は、まさに二元的に個と個をわけて考えると思っていたので。

ダヴィンチが、すべては、すべてから来る。すべては、すべてから創られ、すべては、すべてに戻っていく。すべては、すべてに包み込まれる。と、言っている。同じ事を言ってるとしか思えない。

我々の周りにある偉大なことの中でも、無の存在が最も素晴らしい。その基本は時間的には過去と未来の間にあり、現在の何ものをも所有しないというところにある。この無は、全体に等しい部分、部分に等しい全体を持つ。とも言っている。

旅の中でよく私は、同化の術〜( ´ ▽ ` )ノって言っていたんだけど、
これは、全てが繋がっているのなら、他も自分。
自分で自分を攻撃するわけがないので、
つまりは、何かが私を攻撃することはないと自分を信じる、
すなわち全てを信頼するという事をしていたのです。
思いは現実を作るのでね。ということも信じて。
そして、この信頼すると言う事が今日のキーワード。

で、本題の人間馬車説だが、
まず馬車を想像してください。

あ、その前に、このウパニシャッドでは、人間五蔵説という人間の構造論がベースにあるのですが、まずこれを説明しないとならなかった。

人は5つの鞘で構成されていて、それぞれが影響を与えあっていると考えます。
これが、ヨガやアーユルヴェーダの考え方の根本にもあります。
これを先に説明します。

生気鞘・・プラーナ(生命エネルギー・気のようなもの)です。呼吸。
意思鞘・・いわゆるマインドです。感情や心。
理知鞘・・知性・認知・判断や自我(エゴ)です。
食物鞘・・肉体です。
歓喜鞘・・無限な宇宙と繋がった部分・記憶・潜在意識・心素です。

これらが、影響し合うので、どこかが狂えば、どこかも狂ってきます。
例えば、意思鞘や理知鞘誤認知により、食物鞘つまり肉体に悪影響を与えれば病気になります。
本来のヨガが、肉体だけにフォーカスしないのは、この事で説明出来ます。
いくら肉体の事だけを考えて健康を目指していても、意思鞘や理知鞘が壊れていたら、になる可能性はあるのです。
昨日のブログで書いた自分の首の痛みもそうでした。
何軒もの病院に行って治療しようが、ジムで運動しようが、ヨガクラスに出て、ただポーズだけとってても、マッサージや鍼をしても治らなかった。
だって、マインドや認知の鞘が壊れてたままだったから。
おかげで、痛い痛いと言いながら凄く身体について調べたから、オタク的に肉体に関する知識を得れたけど。

歓喜も、大いに他の鞘に影響を与えます。
例えば、潜在意識の記憶が、いわゆるネガティヴなトラウマになって認知され、に悪影響を与えます。記憶や潜在意識は子供の頃からの経験も詰まってますので人格形成にまで及ぶかもしれません。
心身症の原因が、認知に問題があった場合の心理学の認知療法の考え方と似ています。
それぞれの鞘の修復からはじめ、バランスを取り戻そうとするのが、ヨーガセラピーやアーユルヴェーダです。

よく、心と身体は繋がっているよというのは、この五蔵説でも言えることです。
私の首の痛みがインドで消滅したのは、インドで自分らしく生活していた事はもちろん、
身体のコントロールをするラージャヨガだけでなく、知識や哲学を学ぶジャーナヨガや、行為のカルマヨガ、愛への帰依のバクティヨガなど、この五蔵説の構造に関連する全てのヨガを学んでいく事で、バランスがとれてきたのだと思います。

ヨガという言葉は、語源はユジュといって繋ぐという意味がある。
心と身体、自分と他者、自分と全てとが繋がっている状態です。

以前に、書いたことがありますが、
ヨーガスートラというヨガの経典に
"ヨーガとは心を止滅することである"という一節があります。
心をコントロールすることは、あらゆる身体の感覚器官も制御することに繋がります。

で、やっと、これを踏まえて人間馬車説です。

まず、馬車に乗っている人がアートマン(真我・個)です。
馬車を操作する御者が、理知鞘(認知や判断やエゴ)。
馬車の車体が、食物鞘(肉体)・生気鞘(生命エネルギー)です。
この馬車の座席が、歓喜鞘(潜在意識・記憶)です。
そして御者が握る、手綱が意識鞘(マインド)です。
その手綱に繋がれた10頭の馬が、
5つの運動器官(手、足、排泄器官、生殖器官、口と発語器官)と
5つの知覚器官(視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚)です。


10頭の馬が暴走しないように、マインドという手綱をコントロールしているのが、
馬車を操作している御者、つまり理知鞘の認知や判断です。

暴れ馬になる時ありますよね。
私は、口・味覚はよく暴走します!
イタリアで美味しいジェラートを1日に2回も買い食いしましたよ(´・_・`)
完全に、判断が、マインドをコントロール出来ませんでした。
その判断の大元には、ジェラートは美味しかったという歓喜鞘の記憶があります。
ここの記憶には、意味は持たないんですよね。その記憶から、理知鞘がどう認知・判断するか。私は、食べ過ぎは悪いとわかっているのに、手綱のコントロール出来ず、暴走し食べちゃった。
そして、もしそれが毎日続けば・・・砂糖の取りすぎや身体の冷やしすぎで、肉体にはいい影響を与えないでしょう。
こういうのを、自己制御していきましょうね。というのも、ヨガのプラクティスなんですけどね。
ジェラートは美味しいよね〜。( ̄Д ̄)ノ

というように、人それぞれ、何かしらあると思います。
判断ミスや誤認知
手綱をうまくコントロール出来ず、馬が暴走して、アートマンが揺れ揺れになってしまったりと言う事が。

で、です。
私は、ゴゾで乗馬をしている時に、馬を信頼して乗っていました。
手綱捌きなんて、よくまだ知りませんよ。
でも、ただ信頼しました。

この辺りのことは、日記の中で(・ω・)ノ

さて、マルタ再上陸6日目です。

数日前から、
マルタでする事が無く、
旅人としての存在価値まで失くしてしまったように落ち込んでいた私は
このまま腐っていてはいけないと、
乗馬に出掛けることにした!

前回のマルタでは、ゴゾを一日中バスでまわった。
自然の残る、とても素敵な所だ。

マルタの宿から、ゴゾ行きのフェリー乗り場まで
1時間ちょいバスで向かう。
そして、フェリーで30分くらい。

フェリーが来るまで、好きなチョコのお菓子とエスプレッソで待つ( ´ ▽ ` )ノ

ゴゾに着く。
ゴゾのフェリー乗り場からは、またローカルバスで乗馬クラブに向かう。

フェリー乗り場から、坂を登って行く時に、
あれ?と思ったBarがあった。
もしかして、ここ・・。

前回のゴゾに行った時のブログでも書いたのだけど
お世話になっている人に、をご馳走になった帰り道、
"私、今度はマルタ行くんですよー"って言ったら、
"ゴゾは1番行ってみたい所だよ!"と言う。
"何でですか?"と聞いたら
"小説にゴゾのBarが出てきて、それが実在する"んだそうだ。
そこに行ってみたいのだと。
港の側だと言っていた。

"じゃ、写真撮ってきますねぇぇ"
と言ったのに、その事を前回はマルタ本島に戻ってから、
思い出してしまい、撮れずじまいだった。

もしかしたら、今の店かも(´・_・`)
でも、Barの名前がわかんないなぁぁ。しまったなぁ(´Д` )

バスは坂を登っていく。海が見渡せる美しい景色。
やっぱり綺麗な街だ。

乗馬クラブの最寄のバス停についた。
教会があって、長閑な場所。

なんと、このバス停付近が、Wi-Fiフリースポットになっている!
すごい!こんな田舎に。

そうだ!(゚Д゚)いまだ!
えっと、日本は今何時だ?
夜の20:30か、連絡とれる可能性あり!
賭けてメッセンジャーを送る。
もし、今すぐ連絡とれれば、帰りに寄れるぞ。

"大至急!
ゴゾの言ってたBarの名前と、出来れば場所を教えて下さい!
なんという小説でした?
"
と送ったら、
すぐに、返事が来た。

"え!?今いるの!?
港のそばの、グレンイーグルスで、
作家はAJクィネル
"

という事だった。

"今、ゴゾに来てます!行けたら写真撮ってきますね!"と、
Wi-Fiフリースポットで、時差8時間の中、リアルタイムにやりとりが出来た。
奇跡だ。
GoogleMAPで検索したら、やっぱさっきバスから見たBarだった。

乗馬は15:00からだった。早くついてしまったので
ここで何か少し食べよう。
テラス席では昼からお酒を飲んでカードゲームをしてる人達。

今日の初食事。チーズパイを買って、テラスで食べる。


まだ時間があったので、散歩をした。


歩いてたら、見た事のある風車・・・あれ?ここは?

紀元前40世紀の遺跡、ジュガンティーヤ神殿があった。
へー。すぐ側だったんだ。
※そこでの様子は、"ゴゾ島を1日で何周も周る"の回で。

そろそろ、時間になるので戻る。

ここだ!

ご夫婦が出迎えてくれた。

かわいい馬が、スタンバイしてくれてるー!!( ´ ▽ ` )ノ


やばい。めっちゃ嬉しい!!!でも、ドキドキ!!

えーー、ヨガの話が長くなったので、
ここで一旦区切ります!

この後、この子達と、ゴゾの街を歩き、まで行きます!

皆様、新年度のご挨拶でございます。
皆さんにとって、今年もよい年になります様に!
I hope you will have a great year!
今年も宜しくお願い致します( ´ ▽ ` )ノ

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