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Diary On My Journey

主にヨーロッパ旅行記 〜インドとバリはちょっとお休みですがヨガもします〜。バンコク、ノルウェイ、フランス、スイス、イタリア、ギリシャ、マルタ、スペイン、ポルトガルの旅記録。 いつもは、ヨガ修行のため、中央アジアと東南アジアをまわっていましたが、今回は未知の旅になるので、記録に残そうと思いました。 基本日記。交通手段・宿・観光・ヨガ・出会い・空港ラウンジ情報も記します。

リスボンのドミ宿。と、その執着って、いるやつですか?

この日は、リスボンからエリセイアへ向かいます!

この日の日記も消えてるのよね(´・Д・)」
多分、振り返る必要もない事ばかり
書いてたんだろうね。

不必要な物は、自分からは去り
必要な素晴らしい物は私に残る。
というように、
全ては結果的に
いいように流れる調整だと考えます。

その不必要なものに
縛られてたり案外するよね〜( ;´Д`)

なんか文字にしたらクール過ぎかなぁ(´・_・`)
ただ、執着をしない。という事でもあります。

ちょっと、ヨガの事書いても、いいっすか´д`
執着という言葉で、火がつきました´д` ;
また興味ない人は
赤文字のとこまで、飛ばしてください。

ヨガ哲学には、執着についての考え方があります。

ヨガの経典には、
ヨーガスートラだとか、
バガヴァットギータなどがあります。

講師になる為、学び舎に住込みでインドなんかに行くと、解説付きでがっつり勉強できるとこがありますが、
そうでなくて、
自分で古典そのまま読むと理解は難しいかと思います。
解説本がいっぱいあるけど、それでも自分の腑に落とすのは結構大変は大変( ;´Д`)

私も、全部をまだまだ腑に落とせてませんが、
今後自分なりに砕いた上で、まとめようと思ってます。
今日のところは、乱文になりますが、

経典では
執着(サンスクリット語でヴァイラーギャ)
をなくす、
つまり無執着の状態こそが、良い状態だと考えます。

私は学び舎では、この執着については散々に向き合わされました。
今だって、まだ色んな執着を持っていると思います。
でっかい執着はマルタに、ほかしてきましたけどね(・Д・)ノ
が、意外とみんな細かい執着は自分で気づいてないものです。
なんて言えばいいか、
執着が自分の身の一部になっちゃってると、
執着に沿った選択・生き方しか出来なくなる。
って感じ?
そう考えたら・・
怖くないっすか( ;´Д`)
いや、意外と、そうなっちゃってますよ。

1日を振り返ったら、何に執着してました?
1年を振り返ったら、何に執着してました?
それ、ほんとにいるやつですか?
年末、それ、捨てちゃってもいいかもですね。

執着、持っちゃいますよ。誰でも。
でも、気づいたら捨てればいいやん(・Д・)ノ


ヨーガスートラの第1章2節に
ヨーガとは心の動きを止滅することである。とあります。
ヨーガスートラは長い経典ですが、私はこれがこの経典の全てを要約した一文だと思っています。

言い方は色々あると思います。
無になるとか。
私は私生活に活用するならコントロールするという感覚がしっくりきます。
自分の思考は自分で手綱を掴むっつうの?
暴走しまくりますからね!!思考って!!( ;´Д`)
こういうのをウパニシャッド哲学で馬車説っていうのでも
説明されるんですけど。
それはまた。


執着がへばり付いてると、なかなかコントロールも難しい。
そこで、
スートラには執着についての章も出て来ますが
それもまた気が向いた時ににして、
例をあげてみようと思います。

ヨガをしているのに、
ヨガする事自体、執着の心を生み出すことも多々起こっている例。

こういう事が、其々の生活の上でも同じように
起こってたりするんじゃないでしょうか。

例えば、よくありそうなのが、
ヨガ教室に行ってるが、あの人のように綺麗なポーズが私は出来ない・・
出来るようになりたい。
なりたい、なりたい・・・( *`ω´)
そう思ううちに自分のヨガが出来なくなって、
人と自分を比べ、心がモヤモヤ・・・
これはもう、執着やエゴに囚われた状態。

私の知り合いが、前に通っていたヨガ教室を辞めたことがあるというので、
何でか聞くと、
先生に、"何でこんなに固いの!!"
と言われ、行くのが嫌になったと言う( ゚д゚)
これ聞いて、
いやいや、何でって、
それは彼女が毎日、頑張って踏ん張って生きてきたからだよ(°_°)
そんな事を言う先生がいる事に、びっくりしましたが、
これは、その先生の執着がその方に悪影響及ぼした例です。
ヨガは身体が柔らかくならなければならない。という固い頭の執着っす。

違いますからね!!それがヨガじゃないと、まじで声を大にして言いたい!
自分は身体が固いから、ヨガなんて無理無理ってよく聞くけど
そのイメージを私は、払拭したいのだ!!
お年寄りでも、病気を患っていても出来るのがヨガなのだ。


話がそれた。戻します(´・_・`)

こんなのもスタジオの雰囲気によっては起こりそう。

ヨガするんだったら、素敵なヨガウェアが欲しい。
でも、高いんだよなー。
でも、スタジオ来てる人はみんないいの着てるし欲しいなー。
あぁ、欲しい欲しい・・・( *`ω´)
こんなジャージでスタジオ来ちゃっていいのかなぁと、
人と自分を比べ、心がモヤモヤ・・・
これも、執着にとらわれて本来の自分のヨガに集中出来てない状態。

とかね。
※ヨガ行者を見ろ!裸か布巻いてるだけだぜ!服なんてどーでもいいんだぜ!


よくあるのが、出来ない事が悔しくて
頑張りすぎて、どっか痛める。とかね。
痛めたという事は、サインです。
出来るように"なりたい"という執着やエゴだけで、
ヨガをしちゃったっていう。

ややこしいねー笑
それをやるんだけど、出来る状態に"なりたい"と思うことに
とらわれ過ぎて行動するのは、
もうそれが執着からの選択になってきてるっていうね。
そうすっと、
結果もそれに沿った結果が産まれるよね(´・_・`)

うまくいかない時は、そういう事よ。
結果を求められる時代ですがね、
結果だけにとらわれ過ぎるとね・・・大事なプロセス見失う事もあるやね。

心を止める。っつーのがヨガの本髄なんでね。
執着せずに本質に沿って無心にやる。ってことですね。


そうするとその先に三昧という心のクリアな状態が待ってるわけですが
それは、また。


目標を持って頑張れてるのとは、少し違ってくるんですよね、
執着にまでなると。
心の状態が。

自分に苦しさを引き起こす心の持ち方と、
それを引き起こさせない心の持ち方がある。
という感じでしょうか。

仏教で言うと煩悩を捨てる状態も似てますかね。
結局は、執着も煩悩も、持ってると苦しみを心に生み出します。


人間、煩悩・執着だらけ!
だって、人間だもの笑(´・_・`)

だからこそ、少しでも減らせたら、結構楽に生きれまっせ。っていう話です。

ヨガの話、ここまで。

というわけで、私の手元から消えた日記には執着せずに、
新しく書き直しまーす。


が、エリセイア出発のところまでで一旦区切ります!!

泊まった宿の様子だけUP。

前日に、泊まっていた宿での予約ミスにより
サンタ ジュスタのリフトという
リスボンの観光名所になってるエレベーターの目の前の宿に急遽、泊まりました。

部屋の窓を開けたら、ドーーーン!!
リフトが目の前!

もう人の行列が午前中から出来てたわ。

アーウレア通りにあるので、この突き当たりは
やはり観光名所のコメールシオ広場があって、もうその先は海。

1人貸し切り状態だったドミ。
白にパープルの、清潔感のあるお部屋でしたよ。


朝食インクルーズ!



宿の入り口。

さて、エリセイアへ出発です!( ´ ▽ ` )ノ
続きはまた明日!ciao!!

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